四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

そういえば書きたいことがあったはずなのだが。

最近職場のパソコンにブックマークしているブログの半数がはてなだったので、そしてそれが結構見栄えが良くてカッコええなーと思ったので、ついにわたしもはてなブログデビュー。もうこれで3つ目のブログサービス。でもこれはなかなか使いやすそうな気がしてる。あくまでも、気がしてる、だけど。

というわけで最近またむずむずと、日記というか文章書きたいわ~的な衝動が生活のあちらこちらで顔を出していて、そのたびに「ああー分かる分かるんだけど、今日はどうしてもゴットタンが見たいから」とか言って結局動画サイトにはまって寝る時間ギリギリになって、ということを繰り返してきたのだが、なんと今日は定時で上がれてしかも何の予定もない日。ひゃっほー!めったにないよ本当に!この時間ありあり(のように見えて実はそんなに無い)の状態を無駄にしてはならんと、鼻息荒く定時チョッキリに上がって夕飯を買い込んで、帰ってすぐにパソコン開いて今に至る。

でもいざこうして「記事を書く」の画面を開けてみても、あれだけ頭の中を勢いよく回っていた『文字にしてよのものども』が、まるで真昼の幽霊のように綺麗さっぱりいなくなっているのに気づくのである。あの書きたい衝動は一体何だったのか。これをこんな風にひねって書いたら面白いわ~と悦に入っていたあの情熱は一体どこへ。

でもそれでいいんだろう、たぶん。

購読しているブログのひとつに、何にもなかった日でもとにかく毎日何かしら書く、というのを信条にしているものがある。もう6年以上、一日も欠かさずブログを書いている。そのコツコツさがいいなと思っているのだ。ひっそりと、しかし、妬ましく思うほどに。

 

過去のこと

私事で恐縮だが(というかこのブログはわたしのなので私事を書くのは当然か?)、5年前ほどまで自分のホームページを持っていて、そこでは毎日日記まがいのことを書いていた。今でもそのデータを保存してあって、気が向いた時にたまに眺めたりするのだが、そこに書いてある文章の清冽さにはっとするのだ。自画自賛と言われると本当に身も蓋もないんだけど、言葉や表現が選び抜かれているなあ、と。

思えば、あの頃は本当に仕事が終わればほとんどまっすぐうちに帰ってネット三昧、休日は大体散歩に行ったあと家にこもってネット三昧だった。つまりそれくらい、パソコンに向かって自分の心をシーンとさせて、浮かび上がってくる言葉を丁寧に綴る時間を持っていたのだ。今でも思い出す。ある夜、パソコンを開いて、そのまま静かに目を閉じて部屋の静寂に全身を浸して、夜と一人を噛み締めたあの時のことを。内省が日常だった。だからいくらでも書くことがあった。

 

今の話

今は仕事が終わると毎日用事がある。月曜は卓球、火曜と金曜は中国語のレッスン、水曜は隔週で言語交換、木曜は太極拳。土日はまあ両日空くこともまあまああるけど、あんまり家にいない。居心地があまり良くないのと、部屋にいると電気代がかかってしまうのが嫌だからだ。

だから自分を省みる時間が殆ど無い。自分の思ったこと、感じたこと、思いついたことを言葉にして整理する時間がない。ありきたりな比喩だけど、手から砂がこぼれ落ちていくように、毎日がどんどんどんどん過ぎていって、あとには何も残らない。 すんごく味気ない。

その代わりと言ってはなんだが、人のブログを毎日かかさず読んでいる。そして、ああー自分も書きたいわー再開したいわーと思って時間がなくてそのまんま。

これじゃダメだよ!

 

……という訳で今日に至るのである。