四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

人の幾つもの顔はみえないもの

心臓のあたりが定期的に痛むのだが、去年の健康診断ではなんともないと言われた。でも痛いものは痛い。擬音にすると、メキメキョメキッという感じ。でも心臓内部の痛みではなく、筋肉のそれのような感じがするので、まあやはりなんてことはないのだろう。

 

ありがたいことに?、仕事が一気に増えてそこそこ忙しくなった。黙々とやることがあるというのはいいことだ。自分のダメさ加減や頑張れなさをあまり認識しなくて済む。

今日たまたま同僚の一人と晩御飯をご一緒する流れになった。その人はよく社長に同行して出張する人で、明るくハキハキとした爽やか青年である。いつもポジティブでいいですね、と言ったら、案外そうでもないといろいろ話された。出張の時にいつも一緒に行くもう一人の女性同僚が好奇心旺盛で、常に社長にいろんなことを質問しては新しい知識を蓄えていくのを横目に、自分は何で黙ったままここにいるんだろうと思うこと。そんなデキる同僚にさらっと発言の間違いを直され、穴があったら入るよりむしろ落下して死にたいと思うこと。そんなことを笑いながらさらっとした口調で口にする同僚を見て、人は見かけによらないんだなあと思った。当たり前の話だが、他人にはわたしが知らない面のほうが多いのだ。仕事デキてそうだな、悩みなさそうだな、前向きで頑張り屋なんだな、そういう風に見えても、実は全然そうじゃない部分だって山ほどある。でも普段はそんなことほとんど考えないし、見えるものが自分より優っていると、どうしたって劣等感を感じずにはいられない。でもそれはみんな同じメカニズムなのだ。ただ、それをそのままいつもいつも引きずるか、吹っ切って自分は自分、いろんな要素があってこの自分なのだと割り切るか、それが違いなんだろう。もちろん自分はバリバリの前者。