四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

仕事がデキるってこういうことだよね、というのを痛感した日。

今日は色々と気の揉めた一日だった。

朝イチの全体会議。サービスの品質改善をしっかり徹底していこうという趣旨で、ベテランさんがとくとくと現在の危機的状況を説明し、ご本人が出くわしたクライアントのクレームと誰が対応したか、どうすべきだったかをとうとうと述べたてた。そのあと、やはり他のベテランさんたちによる『ついでなんですけど…』から始まる途切れのない指摘と問題提起。その間、ベテランでない方組は黙々と聞き入っているのみ。いつもの風景だが、ベテラン組は気づけることが、そうでない組には気づけづらいという構造がこれでもかというくらい見えて見えて、胸の辺りがざらっとした。ちなみにはわたしはそうでない組の方。
大多数の指摘は、我々がそのレベルまでチェックしなくてはならないの⁉︎と思えるような広範囲で、あれもこれも猫も杓子も全部クライアントに直にレターを書く我々の責任なのだという考え方が強く感じ取れた。一つ前の担当者の遅れさえ我々が監督してケツ拭かねばならぬと言い切られた。おかしいと思えることがあったら自分で納得できるまで確認とチェックをしましょう。何がクライアントのためになるのかという視点でアクションを起こしましょう。それが自分たちの雇用を守ることにつながる、と。美しすぎる正論で窒息しそうだった。正論はただひたすらに正しい。その清廉潔白な正しさは、それに沿って行動できない「ダメな人間」の思考を追い詰める。
 
……こんなふうに大袈裟に頭でっかちに感受すること自体がそもそも違うのであって、仕事のクオリティを上げようと常に意識するのはアタリマエのことであって、胸がざらつくやら窒息するやらわけのわからないことを言うこと自体がおかしい。嗚呼、そうだよな。そうなんだよな。これは、この拒否感は、言うなれば劣等感の裏返しなのだ。「デキる人間」に対するただのやっかみなのだ。自分だけの思考ではそんな高次元のことまでは考えられないし、現状に疑問や不満があってもそのまま放置して文句ばかり言い、仕事というのは過去の踏襲と上の人の言うとおりにすることだと決めてかかって、アタマを働かせもしない自分が、そういう「品質改善」などと大局を見て現状を打破する求心力を持つ人間と比べて、いかに貧相で矮小な存在であるか。それをひしひしと感じてしまったからこそ、素直に正しさを受け入れられないのだ。
自分はコミュニケーション力の面でも、戦略的思考力の面でも、問題解決力の面でも、「ダメな人間」の部類に属する。だから人と話し合って、問題を分析して、解決策を導くという仕事が絶望的に苦手だ。わたしが出来る仕事とは、いわゆるルーティンで単純作業と言われる、一人で黙々とこなす類のもの。誰がやったってそこそこやれるもの。だから唯一無二の存在にはなれないし、上層部の歓心を得ることもない。それが得意で、好きで、だからそれでいいと思って仕事をしてきた。でも実際はそれでいいわけがないのだ。俺は逃げ続けてるだけなんだ。自分にはできない、と初めから言って、努力を怠っているだけなのだ。
 
自分で書いててしんどくなってきたので、このへんで止める。
あーあ、週末なのに何だこのどんより感。唯一の救いはMOZU第9話まで見られたことと、Season2が10月から地上波放送するという情報を知れたこと。やっぱりテレビとゲームの世界は優しいなあ。