四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

アイアムアヒーローすげえ。

Yahoo!電子書籍で「アイアムアヒーロー」1〜3巻が無料で読めたので、むさぼり読んだ。これ読みたかったんだよなぁー!

……ギャー怖いッ‼︎(´Д` ) てっこさんの見開きめちゃ怖い。これ夜中に読む漫画じゃないな。でも英雄さんとてっこさんの互いに対する深い深い愛情を感じました。英雄さんには本当に彼女しかいなかったんだね。連れ合いを殺害するという事件は度々?かなり多く?現実で起こるけど、好きだっていう感情は、通常では考えられない思考回路を促すのかもしれないね。倫理とか道徳とか正義とかを超越するのが人間の分からない感情なのかも。
漫画は、最初の方は怒涛の勢いで進む非日常のゾンビ化と日常が普通に並存してて、これがまたゾッとする。3巻まで読み終えて、思わず窓の戸締りを確認しながら「あ、でも、本当にゾンビの人が来たら窓なんて全く意味を成さないなー」と思っていました。呑気なわたしはすぐ噛まれそう。ヒーローにはなれなさそう……くすん。その点、英雄さんは危険を察知する能力が高くて、(悪)運も強くて、自分の限界を諦めてるからこそ生き残っているのかも。
 
あんな風にフツーの毎日が破壊されるなんてキツイなあ。
 
何巻か忘れたけど(今読み返したら10巻冒頭でした)、車に乗ってる英雄さんが、自分が撃った妊婦ゾンビの話をしてた時の台詞がぞわっと引っかかりました。妊婦ゾンビは急所である頭を撃ち抜かれてもなお動いており、お腹からは胎児が見えていて、なおも打ったところ、妊婦ゾンビは腹の子を庇うように丸まっていたという話からの流れで英雄さんのこの台詞。
「こっちの都合で勝手に…人間じゃないって決めつけて、とんでもなく間違ったことしてる気がしてきて…」
これって日々自分がしてることでは?と思ったのですな。わたしは道を歩いてようが電車に乗ってようが並んでようが、他人の迷惑になる行為をなんにも考えずにする奴が死ぬほど大嫌いで、わざと避けないまま肩に力入れて相手がよろめくようにしたり、割り込みを自分の身体で阻止したり、ものすごい目で睨みつけたり、口に出して罵ったり(これはたまに)する癖がある。そういう行為をしている最中の思考は、俺正しい、お前間違ってる、死ね死ね死ね死滅しろ、なのだ。つまり「こっちの都合で勝手に『間違ってる』って決めつけて」の状態じゃないかな、と。その人達がわたしにとって『迷惑間違ってる死ね』の行為をするのは、その人達なりの何かしらの理由があってのことなんだよね、多分、たぶんね。それが、自分を最優先することであったとしても、わたしの方で勝手に『間違ってる』とは決められないのかなぁって。だって自分がやりやすいようにやるっていうのは、人間が生きる上で最優先する原則のひとつだから。
でも、生きるか死ぬかの時に他人の都合なんて考えてられないよねって思うんですが。生き延びるとそういうこと考えちゃうのかな。