四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

自己の要求を伝える難しさ。

金曜日の中国語レッスンはちょっとだけ気まずく終わってしまった。と思っているのはわたしだけなのかもしれないけど…。先生は笑顔で対応してくれたし、あの人は裏表のない人だと思うから、多分本当に真面目に受け止めてくれたんだろう。

ここ数ヶ月、レッスン中に先生の携帯に電話がちょくちょくかかってきて、その度に先生は「ちょっとごめんね」と言って電話に出てしまうのだ。昨日はなんとわずかな時間の間に2回もかかってきた。先生は常に携帯を手元に置いているので着信がすぐに分かるらしく、いつもどこかそわそわしている感じだった。せっかく一生懸命考えて熱っぽく話している最中にそれをやられると、どうにも集中力が途切れてしまい、会話がきちんと終わらないままうやむやに片付けられてしまうことで何となく納得いかない気分だった。
レッスンが終わり教科書をしまおうとしたら、先生が「何かこうして欲しいとか変えて欲しいところとかある?」と聞いてきて、咄嗟のことでうまくごまかせないままウーンと唸っていたら、「電話に出ちゃったこととか?」とズバリ核心をつかれて思わず「まあ…」と言ってしまった。会話が途切れると集中力が途切れること、話していることが途中で切られると言った文が正しかったのかそうでないのか、完全な文はどうなのかが分からなくなること……真意が伝わるようになるべく丁寧に理由を伝えたつもり。先生はきちんと聞いてくれて、レッスンだからわたしの意思を尊重して改善したいというようなことを言ってくれた(と思う)。ありがたいと思うと同時に、そこまで要求するのは行き過ぎかなとかと思いつつ、でもお金払ってやってるんだし最大限レッスンの時間を活用したいという思いもありつつ……。

人にこうして欲しいとか、こうあってほしいとか、自分の要求を言い出すのは本当にキツイ。どこまでが正当な言い分で、どこからが自分勝手な我儘なのかが判別できないからだ。相手にとってその要求は青天の霹靂並みに唐突なことかもしれないし、不当な要求をしていると思われたくもない。線引きがとても難しいのだ。
でも、相手は言われなければ半永久的にわたしの要求に気づくことはない。わたしが相手の立場だったとしてもそうだ。何となく察してくれるだろう、という奇跡は通常ほとんど起こらない。まずは言葉にして伝えないと何も始まらないのだ。それは分かっているけど、それでもやっぱりできれば口に出して言いたくない。それほど頑なに嫌なのは何故なのか?

つまるところ、要求が拒絶されるのがたまらなく恥で嫌だ、と思っているからだろう。相手に要求が伝わることと、それが受け入れられるかは全く別の話だから。通る見込みのない要求なら初めから知らせたくない。わざわざそういう欲求を持っていると相手に分かられて、それが受け入れられなくて不満な様子を見られるくらいなら、何もアクションを起こさずに我慢できるだけ我慢する方がマシだと思ってる。不満はどんどん鬱積していくかもしれないし、いつの間にか忘れ去られて行くかもしれない。それはまたその時の話でいいや、と思ってやり過ごしたい。
……そんなに、うまくいくことの方が少ないのだけどね……。