四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

自分何様?

昨日先輩にあたる同僚に提出物の督促めいたことをしてしまい、さっそく今しがたその人がブツを持ってきてくれた。締日からあまり日を空けるとクライアントから督促が来ることがあり、なるべく締日から一両日中には送付しておきたいのだ。でも昨日の定時時点で全く処理がなされていないことに気が付いてしまい、いつもならそのまま何も言わずに待つのだけど、もしかしたら忘れてるんじゃないかと心配になってつい言ってしまった。その人はとても優しく気のいい人なので即座に対応してくれたけど、内心あまり面白くなかったんじゃないかと思う。料簡の狭いわたしだったら、お前に言われなくても分かってんだよ、なんて思ってしまうこと間違いなし。しかしその人をわたしと同列に並べて考えることこそ失礼かもしれないので、とにかくすぐに対応してくれたことに感謝の意を表したつもり。嗚呼、人にものを頼むのは本当に毎度毎度気を使うししんどい。でもそれを苦にしていたら仕事なんて何にもできない。

 

昨日は中国語のレッスンでまた先生にプライベートの愚痴を言ってしまった。外国語で愚痴る、その行為自体がとても良い練習になるのだが、問題は先生がそれを我慢強く聞かなければならないということだ。いくら練習のためとはいえ、他人の愚痴などあまり聞きたいものではないだろうに……何度も「すっきりした?」と聞いてくれた先生の懐の広さに感謝したい。

というのも、その愚痴は相方のお母様に関するものであり、とても相方には愚痴れないからだ。相方の家にはもう4年近くそこそこの頻度でお邪魔しているが、いつまで経っても緊張するし慣れない。お母様対応は特に気を使うというか、お母様のルールにそぐわないことをしでかしやしないかとびくびくしてしまうのだ。ましてやわたしはガイジンで、言葉もろくすっぽ通じない存在なので、お母様から話しかけてもらえることもなく(以前まだお客様扱いだったころは少し笑顔も見せてもらえたけど、今は全くのゼロ)、もちろんわたしから話しかけることもなく、お母様からしたら煙たい存在なのかもしれないなあといつも心のどこかで罪悪感を覚えている。毎度の食事の席をご一緒するだけでもしんどい。

 

人見知り、というのも何か違うような気がする。要は自分から積極的に関係を構築しようとしないのだ。相手から働きかけられてはじめて自分が応える。このパターンでしか人間関係をつくってこなかったために、この年になっても未だにこういうところでうじうじ悩んで要らぬストレスを抱えてしまう。


混み合う帰りの電車の中で、わたしの斜め後ろに立っていた男性の息がたまたまわたしの耳あたりにかかり、ほんの一瞬ではあるがドキリとしてしまった。あーこれがドラマでよくある感じなのかしらん?それとも俺欲求不満?女性として扱われたい願望がこの頃ひどく強くなることがあって、扱いに困る。でもこの甘やかな痛みが心地よいと感じている自分もいて、あーあかん。あかんな。身の程をわきまえねば。