四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

Happyに生きるには。

ものごっつ眠い。今週の平均睡眠時間が5時間を切っているため、午前中1回、午後2回(お昼後と4時ごろ)に猛烈な眠気がくる。遅寝の原因はドラマで、8時半~9時前に帰宅してすぐ「花咲舞が黙ってない」と「ルーズヴェルト・ゲーム」の二本立てを毎日9時~11時で見ているものだから、必然的に風呂に入るのが遅くなり、髪の毛を乾かしたり動画見たり音楽聞いたり、としているうちにあれよあれよと2時になってしまうわけ。でもどっちもものすごく面白くて目が離せないから、後しばらくは寝不足の日々が続く。でもそのあともいいドラマ目白押しなんだよなー。「リーダーズ」、「TOKYOエアポート~東京空港管制保安部~」、「夜行観覧車」などなど、見そびれていたドラマがわんさか放送予定。日本と違って毎日放送するので進みが早く、日本にいた時よりドラマを見る量が圧倒的に増えた。おまけに朝7時から再放送もしてくれるので、朝の準備をしながら視聴することも可能。ドラマ漬けの日々はやはり楽しい。

 

愛読しているブログの一つに、北里大学の野島高彦先生がやっている『大学一年生の化学』というのがあるのだけど、ここに書かれる先生の生き方がとてもシンプルで楽しげで、こういう風に生きていたいなあと素直に思わされる。

特に最新のエントリ「人生の意義がわかったような気がした夢をみた話:もしかしたら今もまだその夢の中にいるのかもしれない」が最高にHappyで、こういう考え方で生きたら、今のわたしみたいに毎日つまらなくて退屈ででもどうにもできなくてもやもや、みたいな感情モノクロ生活を送らなくて済むのかなと思ったり。

まだその特別な時間は終わっていない:ステキなことをしよう,ステキな人生にしよう
今,私が体験しているこの一日は,これから先に二度とやって来ることのない,一度だけの特別な出来事であることに変わりはないからです.
きっとそれが毎日続いているのです.
100才の自分が後悔しない日々を送ろう
やらなくても100才の私が後悔しない,つまらないものごとはぜんぶ捨てました.やめました.

 過ぎ去った出来事を考えるのはやめよう.

今と未来のことだけ考えて生きて行こう.
100才の自分が暮らしている未来の社会の建設に貢献する毎日を送ろう.

そして,愛している人々には愛しているって,伝えよう.

以上、エントリから引用させていただきました。

 

何てステキな人生に対する姿勢!こんな風に思いながら生きる毎日は本当に充実して輝けるものになるに相違ない!先生がフルの笑顔で毎日の特別な時間を過ごしている様が目に浮かぶようです。

果たして自分は100歳になった時に後悔しないような毎日を送っているだろうか?答えはもちろん、否。我慢我慢イヤイヤどうしようもなくなんとなく諦めてやっていることの方が明らかに多い。仕事は楽しいこともあるけど基本会社や上層部の方針には賛同できない点も多いし、ダイエットも制約が多くて嫌になるし、人間関係は気を遣いたくないのでなるべく深入りしないように接触回数を減らしてるし、相方関係は堂々巡りを繰り返して何の進展もないし、何より、わたし自身が今の自分を好きじゃない。何をするにしても難癖をつけては「無理っぽいわ」の一言で全てのHappyな可能性を捨て去る自分の思考回路が好きじゃない。

 

制限や制約にがんじがらめの環境で自分の思うようになんて生きられない、そんな生き方をしたら生きていけない、と頑なに思い込んでこの人生を生きてきたけど、果たして本当にそうなのか?じゃあ、野島先生や他のHappy感全開で生きている人はわたしと何が違うのか?何も楽しいことだけが起きる毎日であるはずもなく、同じように多数の制限のもとに生きているはずなのに、何故あんなにもHappyに生きていられるのだろう?

……物事の捉え方、なのかな、やっぱり。起こる事実は変わらなくとも、それをどう受け止めてどう思うかには大きな個人差があるのだろう。基本悪くネガティブに受け取るわたしと、起こったことはそれとして未来にもっといいことが起こると信じられる人とでは、そりゃ心の状態が違うってもんだ。だから、Happyになりたければ自分の努力次第で必ずなれるはずなんだよね。なんだよねー!

 

34年間にわたる諦めで凝り固まった考え方を矯正(敢て矯正と言いますよ)するのは容易ではない。先生のブログを読んだりしてこれいいな〜と思っても、現実に戻ればすぐいつものネガティブモードに逆戻り。

それでも、諦めずに矯正していこうという気持ちが大事なのかな?結果がついてこないとダメなような気もしないではないけど……その辺こそゆるく捉えて行くべき?