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四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

無題。

今週は月曜が国定休日だったのでちょっと身体が楽だった。といっても三連休まるまる相方のご実家にいて、つねに相方のアメリカ人の友達一人と行動を共にしていたので、何となく人といるストレスを受け続けてしまい、心身共にかなり疲れてはいたのだけど。一人の時間さえきちんと持てれば、身体も心もそれなりに回復する。

そういう意味では、今更人と住むのはたとえ相方であってもしんどいのかもしれない。完全に一人の空間がなくなるのは、自分が思う以上に心身にダメージを与えることがよくよく分かっているからだ。今回も相方の実家に寝泊まりしていたとはいえ、食事が終わってからリビングで相方と家族と友達たちが和気藹々とおしゃべりを楽しんでいるのを尻目に、わたしはいつも早々に上にある相方の部屋に引っ込ませてもらってたんだけど、たとえその部屋で一人とはいえ、階下には人がたくさんいて、相方も必ず部屋に戻って寝ることが分かっていると、やはりどうしても心の底からはリラックスできない。使い勝手の悪さや慣れ親しみが薄いという要因もあるけれど、それ以上に同じ屋根の下に人がいる、いつでも誰かが入ってこれる状態にあるというのがもう疲れてしまうのである。

 

思っているより、中国語は聞き取れているのかなという感触を今日得た。先生に誘われて、ネットショップのサイト説明会に顔を出したのだけど、司会のおねーさんのマシンガントークも要点はつかめたし、ショップ紹介のおねーさんの緩急豊かな話も80%は聞き取れたと思う。後で先生と内容について色々話をした時、かなりの程度で先生と理解が一緒だったようで、先生にも褒めてもらった。えへへー。勿論分からない単語も結構あったけど、基本的な内容は漏らさず聞き取れていたようで一安心。

問題はやっぱりスピーキングなんだな。先生だと気兼ねなく割と思い切ってなんでも言えるし、玉砕(=言い間違えること)覚悟で思いついたことをポンポン口に出せるんだけど、これが他の台湾人になると途端に何も出てこなくなるんだよなー。日本語のできる友達に対してもそう。違和感ゼロの完成された自然な中国語が喋れないというコンプレックスで、所謂テンポのいい会話ができない。日本語なら豊富な語彙と表現を自由自在に操って、軽妙洒脱な会話を繰り広げることができるのに。それを中国語でもやりたくて仕方がないけど、実力がまだまだ全然追いつかない。相手の話題に敏感に反応していても、言葉と文構成が当意即妙に表現できるほど洗練されていなくて、結局言いたかったことを飲み込むだけ。とてもとてもつまらない。それでも、どうにか練習に練習を重ねていくしかなくて、四年前よりは少しは喋れるようになっていることを願って、もう寝ます。