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四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

僻み

今、空港へ向かうバスの中。久しぶりにバスで空港に行くので、ちょっとだけ新鮮なような懐かしい気持ち。年末に帰ったばかりなのに一ヶ月もしないうちにまた戻るなんて、贅沢だなあ。しかもウレロの舞台を観に行くためだけに戻るっていうね。チケットを快く譲ってくれた(もちろんお代は払いました)同僚にも感謝だけど、帰ろうと決断した自分もすごい。くまモンのためにいきなり休みを取るのに似ている。おまけに、タイミングのいいことに、ちょうど日曜日が母の誕生日でお祝いできるのも嬉しいし。こういうお金の使い方も悪くはない。今すごく金欠だけど。

 

昨日同僚から、現在飛ぶ鳥を落とす勢いで大出世中の日本人同僚が色々嫌われていることを初めて知った。日本人にはどうだか知らないが、台湾人には須らく好かれていると思っていたので、これは意外。でもシャチョーの受けはものすごく良いらしく、今度はビジネスパートナーに昇格するのだそうだ。出世は全く羨ましいと思わないが、給与が大幅に上がるんだろうなあと思うと、くそほど羨ましい。わたしが欲しいのは地位でも名誉でもなく、カネ、なのである。

……うん、でも、誰かの役に立って感謝されたいなっていう欲も最近出てきたように思う。来週の社員旅行でアシスタント役の人がものすごくやりたくなさそうなので、代わりにやってと昨日急に言われた時も、内心げっと思ったけど、まあいっかーと引き受けてしまった。頼んできたその人が本当に困っていた(ように見えた)から。側から見れば(そして頼んできた人から見ても)ただいいように使われてるだけなのかもしれない。それは否定できないし、実際あいつはNOとはっきり言えない奴だと思われてるから色々押し付けられるのだ。そう思われているのは心外だし、見下されるのはものすごい腹が立つ。だけど、だけど、それでも誰かの役に立っているのなら、やってよかったと少しは思ってしまうのだ。損な性格だと自分でも思ってる。別に感謝が欲しいわけじゃない、評価して欲しいわけでもない(第一押し付けられる仕事なのだから殆どが雑用なのだ、元々評価されるような内容じゃない)、でもそれしか自分の存在価値を確認できる手段がないから。自分から積極的に問題を見つけ出して解決して能力を誇示するという攻めのアピールはできないから、来るもの拒まずで守りのアピールをするしかないのだ。非効率的なのは百も承知、でもこれまでずっとこのスタイルで生き延びてきたから、変えようにも変え方がとんと分からない。若い頃の生き方って本当に大事…。自分の価値を高める努力をどうすればいいのか、有体に言えば、もっと認められる人間になるにはどうしたらいいのか、そればかりを最近ずっと考えている。今の自分は取るに足らないちっぽけな存在で、会社にしがみつくしか能のない万年平社員だ。出世街道まっしぐらの同僚と比べて、あまりに惨めな存在だ。そもそも比べなきゃいいのだろうが、どうしても『あの人すごいなあ、それにひきかえわたしは…』という思考に流れてしまう。あの人のような価値の高め方はわたしにはやはり無理そうだから、どうにかして別の方法で同じくらいの立場に立てる手立てはないものか。…あれ?さっき地位も名誉も…と言っていた割に、やはり気になってる?イヤイヤ違います。どこに行っても必要とされる人間になりたいってことなんです。普遍的に通用する実力をつけたいってことなんです。生きたい場所で金を稼いで生きていけるだけの力を身につけたいんです。ただそれだけなんです。うん…。