読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

仕事ってなんね?

またもプレシデントオンラインの話。いや、東洋経済オンラインだったか。いずれにしろそういうサイトで見た文章の話。

「仕事が楽しい」の本当の意味を教えよう | 雇用のカリスマが教える会社の「裏側」 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

このように、クラブやサークルと同じように、たまにある「楽しさ」、そして「参加している」「必要とされている」実感が、労働時間が長かろうとも、休みが少なかろうとも、四十数年間、働き続けられるドライブになっているのです。

正直、仕事の場合、楽しいことより、つらいことのほうが多いのが偽らざる事実です。しかし、この3つの要素があれば、全体としては「楽しい」と感じることができるのです。

何と的を射た指摘!言われれば確かにそのとおり。仕事が本当に『楽しい』時なんて、一年で数回あるかないか。それでも何年と続けられるのは、参加感なんだなと改めて思えた。この分析はすごい。そうかそうか、部活だったんだなコレ。

 

毎日ね、『使われてる』感がひどいんです。言えば何でもやると思われてる。助かるわ~なんて口先だけ、実のところ使い勝手の良い作業ロボットとしか思われてない。こちらの都合なんてお構いなしに仕事がどんどん振られるし、ファイルは山のように積み重なって消化しきれないし、誰も軽減しようとしないし。そもそも自分でしんどいですと言わないからそうなってるんだけど。何故わたしは「コレはやりたくない」、「しんどいからちょっと量調整して」っていうひとことが言えないのかね?

今日も夜九時まで残業して、『軍師官兵衛』前半30分を見逃し、深夜一時にブログを書くはめに陥ってるのに、そこまでしてこの仕事をする意味ってなんだ?日々の食い扶持を稼ぐためにやってる仕事だけど、時々贅沢をしたり好きなモノを躊躇なく買えるためにやってる仕事だけど、うん。俺は100%カネのために仕事してるね。やりがいとか成長とか、かっこ良く言ってみたいしそれが本音ならどんなに人間として価値があるかと思うけど、そしてもちろん成長したいっていうのは本当なんだけど、それよりも何よりやっぱりカネのためだね。カネがあれば、ほぼ何でもわたしの望みが叶うから。でも一番欲しい物はカネでは叶えられない、嗚呼安っぽい詩みたいなこと言ってる。

ねえ、何のために流れ作業の歯車のひとつみたいな仕事をやり続けるの?

そこに必要とされてる感があるから?それは必要とされてるんじゃなくて、うまーく使われてるだけだよね?それを何とか『やりがい』みたいなペカペカした言葉でごまかしてるだけなんだよね?本当は何の進歩も前進も成長もない日々を送っている自分が惨めなんだよね?羽ばたいて上昇してゆく人々が妬ましいんだよね?未来をつくるのは今だ、とブログで野島先生が言ってたけど、その『今』をこれまでとっても無駄に使ってきたからこそ、今の『今』わたしはラットが回転ケージをカラカラ回すようにおんなじところをぐるぐるぐるぐるしてる。非常に疲れるけど、な~んにも前に進んでない。非生産的な労働をしてる。

普段はね、それが好きだし向いていると思ってるから、あまり疑問に思わないの。ただ目の前にある仕事を正確かつ迅速にこなすことが、『楽しい』ことだと思っているの。でも、深夜残業が続いて、身体が疲れているのにこうして深夜にパソコンを開いて思ったままに文字を打ちたい、打たなければと思うのは、自分が従事している仕事に疑問を感じているからだ。これでいいのか?このままでいいのか、って。

答えは明白、良くないに決まってる。でも現状をどうやって打破すればいい?

何のために働くかを考えると、さっきのとおりカネに行き着く。今の仕事は台湾では給料そこそこいい方で、安定面では申し分ない。でもクリエイティブじゃない。転職するときの武器になるような経験も積んでない。飛び出したいと思うときに飛び出せる下地を作れない。