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四阿の静謐 -castitatis lilium-

台湾の台北在住。台湾企業に勤める会社員。日々の記録。

はっとさせられた言葉

台湾に移住してきたのが、2010年の8月。今年の8月で丸7年台湾にいることになる。
今の会社ももう6年目、中国語の家庭教師のレッスンももう4年以上やっている計算になる。
もうそんなに経ったのか、というのが正直な感想。
この長い長い時間の間に、私はどれくらい前に進めたのだろう?

前々から文字だけの日記サイトに細々と日記を書いてきた。
そこは閉ざされた空間で、それが居心地がよかったからこそ、そこに言葉を綴ることを選んだのだけど、何となくもう少し外の人と交流したいという気持ちがじんわりと起こってきた。何年かに一回自分の中で起こる、外向きの力だ。

今の生活に感じる閉塞感が尋常じゃなく、ただしそれはほとんどが仕事に対するものなんだけれども、だからなのか、『何故私はここにいてこんなことをしているのか』という煩悶に毎日苦しみ、『違う世界に行きたい』という願望が日増しに募っている状態だ。

だから、一番手軽に違う世界に飛び込める方法ーブログ、という安直な思考の結果なのかもしれない。

安直で何が悪い。くそったれ。

……いやいや、汚い言葉を書きたいわけじゃない。
ただ、今日たまたまその日記サイトで、アニメ『終物語』の有名な台詞を知って、頭をガツンとやられたことが原因のひとつではないか、と思う。
あまりにも核心を突きすぎていて、200%腑に落ちた。

不幸や不遇に甘んじていることを『頑張ってる』と思っちゃってるんじゃないの
「そういうのを世間では『何もしていない』っていうんだよ」
「不幸なくらいで許されると思うな。ハッピーエンドを目指すんだ」
不幸でいつづけることは怠慢だし、しあわせになろうとしないことは卑怯だよ

太字は、特に胸を突かれた部分だ。

仰るとおり。私は自分の不遇に甘んじ続けている。

幸せになれないことを、自分の能力の無さ、お金の無さ、人望の無さ、頭の悪さ、スタイルの悪さ、性格の悪さ……ありとあらゆる「なれない」理由をこれでもかと並べ立てて、だから自分はダメなんだ、他の人のように幸せになれないんだと言い続けている。

そのままじゃまずいんだ、それは自分が望んでいることではないんだ、と分かっていながら、放置し続けている。

まずいと分かっていながら、改善のための行動を何一つしない。
これを怠慢と呼ばずしてなんと呼ぶ?
これを卑怯と呼ばずしてなんと呼ぶ?

なんでもいいから、行動しなくちゃ、何も変わんない。